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学校日記

南風あったかげん記−819−

公開日
2009/03/22
更新日
2009/03/22

南中校長室の窓

☆★☆ 鹿児島の印象 ☆★☆
 今日は東京マラソンがあったんですね。テレビを見て昨年を思い出しました。
 さて、今回の鹿児島訪問は29年ぶり。前回との違いは、「篤姫」などで自分の薩摩についての知識が増えたこと。その目で改めて鹿児島について振り返ると…。
1 桜島 … 昨年1年間で桜島は80回噴火したのが、今年は、すでに49回。到着した朝にも噴火したのとニュースが流れました。桜島は確実に活発化しています。鹿児島市長は、薩摩半島側への転居を勧めているそうです。小学生は通学にヘルメットを着用、霧島市内のお墓は屋根がついていました。桜島の存在の大きさに、改めて感じさせられました。
2 薩摩人 … 鹿児島の中学生男子の頭髪は、まだ丸刈りも残っていると聞きました。偶然見かけた中学校の校舎の窓には巨大な「奮闘努力」の文字。土地の人に話を聞いたら、福岡や大分などの人に比べるとプライドが高いと言っていました。もちろん、明治維新の最大の功労者は薩摩人。薩摩人の人間としての太さを感じました。
3 西郷と大久保 … どの土産物屋も西郷どんだらけ。せっかくの機会なので何人かの土産物屋さんに聞いてみました。「大久保さんは?今の日本の基礎をつくった明治政府のMVPは大久保利通だと思いますけど…」「だめだめ、鹿児島の人はみんな西郷さん。大久保は西郷さんをはめた。」
 実際は、「はめた」とは言っていませんが、そんなような事を誰もが言っていました。大久保利通だって日本のことを思っての行動なのですが、鹿児島の人の西郷隆盛への愛着がいかに高いかがわかります。街の本屋には、「西郷隆盛言行録」的な冊子がいくつか並んでいます。それを見ると、確かに人格者。西郷さんがリードすれば、日本の歴史は大きく変わったと想像できます。このあたりは、もう少し検証が必要です。
4 知覧 … 今回最も印象に残ったのは知覧でした。ヒロシマ、ナガサキとは違う意味で、日本人として一度は行きたいところだと思いました。また別の機会に詳述します。